ひょっとしたら
May.10.2004 は日本のITが死んだ日なのかもしれない。
何かおかしいぞと感じたら、そのことを忘れないようにしよう。
新しい技術で遊んでいるのだから新しい娯楽を楽しむべきなのかも知れない。利己主義者が存在しない新しい世界で、新しい楽しみを。
そして古い眼鏡と狭窄なお説教にさよならを。
May.10.2004 は日本のITが死んだ日なのかもしれない。
何かおかしいぞと感じたら、そのことを忘れないようにしよう。
新しい技術で遊んでいるのだから新しい娯楽を楽しむべきなのかも知れない。利己主義者が存在しない新しい世界で、新しい楽しみを。
そして古い眼鏡と狭窄なお説教にさよならを。
うーん、国内ソフトベンダーのリストの中に、キッドとかプリンセスソフトとかアルケミストといった剛の衆が入っていないのが残念。
ここはナムコが奮発して「ゆめりあポータブル」を出すしか!
いや、日本一ソフトウェアの名前があっただけで買いますけれどもね。
「どきどきシャッターチャンスポータブル」を是非!(それはない
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WEBをぷらぷらしていたら「電撃帝王」がとっくに発売されている事を知る。どげーん。まんがタイムきららMAX と混同していたらしい(MAXは5月下旬)。
そういや、近所の本屋で見かけた覚えがないんだけれどもなぜ?
なんでか今日は秋葉原へ行く用事があったのでついでに査収。
「電撃帝王」 1号
「電撃アニマガ」 10号
「スーパーメイドちるみさん」 3巻
「てんしのはねとアクマのシッポ」 2巻
「護くんに女神の祝福を!」 3巻
電撃帝王は、大王からアニメタイアップ物を除いたような作りやね。
お、へかとん先生が載っている、と思ったら事故の穴埋めらしい。オレ的にはむしろそっちのほうがありがたかったり。
ばらスィー先生の始まっていないマンガで思わず笑ってしまう。負けた。
まったりさんはなんか得も言われぬ良さがあるなあ。
ちるみさんはなんか不意に可愛い瞬間があるので読んでいて侮れない。
Warning! 感染注意!
といっても Sasserワームではなく、HK-DMZさんところからこちら、「ぜのぴったん」って何だ?に飛んでぜのぴったんBGM試聴。
この試聴メドレーのラスト 1/4 に入っている「ふたりのぜのぴったん」に今中毒者が続出中です。
"ぴったん♪ たんた♪ ぜのぴったん♪ わんつー"
あえなく撃沈。もう頭から離れません(笑)
つか、もじぴったんってそんなステキソングが入っていたのか、知らなかった。(ふたりでプレイのBGMなんで聞いたこと無かった)
よし、俺もじぴったん買ってくるよ!塊魂の開発スタッフが手がけた前のゲームだしね。(普通認識が逆である)
なんで「ぜのぴったん」でないのかというのは微妙なところで。(ゼノサーガは途中までしか観ていない)
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ARTIFACTさんのところから、殿下執務室さんの「Blogってうざくねえか」を読む。
2ch の同名スレで「googleで調べものしようとしてもblogのページランクが高くてひっかかるのでむかつく」というお話に対する言及。
そもそも、なんでblogだとむかつくのかというと、調べたい事柄があるのに、たいして情報が書いていないつまらないblogばっかりひっかかって目的が達成できないという点にある。
また、blogはリンク構造上の都合や新鮮なワードを取り上げるためにページランキングが高くなりがちであるということも留意せねばならない。
まあ、「むかつく」という意見もある意味もっともではある。
そもそも、なんで「blogには価値がない」と定義されているのだろうか。
先の殿下執務室さんではその点に言及されている。
要するにネットの最大の敵というのはそういう「オーディナリー・マジョリティ」なのかも知れない。
反面、情報価値の高いblogというのも確かに存在はしている。
その「情報価値の高い/低い」というのは、これから本当に意識していかなければならないものだと捉えている。
個人のblogで、簡単でかつ情報価値を持ちやすいのは「お買いものレビュー」ではないかと考える。「今日これを買った、買ってみたら良かった(悪かった)」そういった情報はこれから買おうとしている人にとって有益であろう。また、それを読んで「お、あれ良かったのか、じゃあ買ってみるか」という流れになれば市場形成としても良い方向に向かう。
これが言葉足らずで「今日これを買った」で終ってしまうと「日記」になってしまい、とたんに情報価値の低い記事となる。
そうした、日常あったことに対して「どのような考察をしたか」が情報としての分かれ目であろう。
そういった事を常日頃考えてはいるのだが、これを「アニメ感想系」という枠の中で指向しようとするといくつかの疑問にぶちあたる。
例えば、アニメタイトルでたまたま奇跡的に面白い回があったとしてそれを熱く書いたとする。読者はそれをみて「ああ、この回は面白かったのか」ということを知る事はできるが、「じゃあ観てみよう」と見る事ができないというのがほとんどではないか。
もちろん、対象が OVA などの現在売られている販売形態をとっていたら問題はない。これが放送という形態だった場合の話ではある。が、現状電波による放送コンテンツに対する感想がほとんどであろう。
結局悩んだ結果、作品のストーリーや感想だけでなく、それを構成要素に分解して作りとしての評価分析を行なうような形になっているのが今の私といった所だろうか。
もちょっと前向きに考えてみる。
自分にとってのアニメ感想系の面白さは「1つのコンテンツに対する各人の様々な視点と思考をみることができる」点にある。
今は感想を書いている人物が中心となっているけれども、もっとコンテンツオリエンテッドになるべきではないだろうか。
1つのコンテンツに対してみんなで色々と語り合う事ができないかというのを考えているんだけれどもね。
トラックバックを用いてみんなの感想を一箇所にあつめるという事を提案してみる。
アニメ感想portal なサイトが一つあって、そこには記事としてアニメの放送話毎のタイトルが登録されて基本的な情報が書かれている(あらすじとか)。で、そのアニメを観て感想を書いた人は、そのタイトル記事に対してトラックバックを送るのだ。
結果その記事は各人のそのアニメに対する感想へのリンク、およびリンク集となる。
これで読者は自分にとって興味のあるアニメ、みんなで語りたいタイトルだけ拾って読めるという仕掛け。
まあ、うちのメインシステムにはトラックバックがないのでやりませんけど(笑)。
〜〜
長文失礼。
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光希桃 AnimeStationさんから、毎度の「アニメ感想率調査依頼」が来ています。毎度ながら、これを見ると今放送しているアニメーションの数の多さに呆然としてしまいますな。
今私のところは、ちとレビュー記事のポストが停滞しているところなので、今回の調査では極端に数字が少ない形で出てしまう事になるのが残念。6月になれば以前のようなペースに戻ると思うんだけれどもね。
一応見るだけは見ていると思う。(がんばっているな俺)
視聴アニメをリストアップしてみる。
変身三部作(今はLOVE_LOVE?)、メイド隊、ラグナロク(ウルトラQのついで)、恋風、ダンナー、鉄人、この醜、忘却(激☆店のついで)、ケロロ、ぴっち、鋼、ベイベ、美鳥、ダフネ、プリキュア、お時間
これとは別にCSでリピートでみているのがあって
ママ4(帯)、ライジンオー(帯)、エンジェリックレイヤー、ミンキーモモ、シスプリリピュア、すてプリ、ソウルテイカー、GATV、フルーツバスケット
これに特撮がいくつか
HDDレコーダを駆使して、時間のある時にまとめ見とかしてる。
時間が取れないといってアニメを見ていないかというと割とそんな事もなく。アニメを見る時間が取れないんじゃなくて、レビュー記事を書く時間と気力が取れないといったあたりが正しいところ。
レビュー記事1つ書くのに 15~30分くらいかかるからなあ。
他の感想サイト(blogやニュースサイトも含めて)ではみんなどれくらいの時間をかけてあの文章を書いているのか気になっている次第。
携帯を見たら「そこまでいったらコス∞プレイヤーコンプリートアルバムCDも買うしか!ウェーイ!」という意の失礼なメールが入っていたので買ってくる。(意志弱っ!)
BGM自体はBGMとして良く出来すぎていたので、単体で聞こうという気にあんまなっていなかったという感じ。評価自体は高いのよ。それにしても物凄い力の入った楽曲群だよなあ。
本屋をふらふらしていたらメガミマガジンを買っていなかった事を思い出したので購入。正直、ムスメットの良さがさっぱりわかりません。
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つーても、ぽえりなの原稿書きで引きこもって居るんですけどね。
気晴らしに散財などしてみる。
「鉄人28号」 OP/ED マキシシングル
「R.O.D. -THE TV-」 DVD 7
「超変身コス∞プレイヤー」 DVD 2,4
「初恋」 DVD 2 (18禁)
「リアライズ」(18禁)
「初恋」は怖い物見たさで。予想以上の凄さだったが。
口直しに TLSS DVD3 を見て幸せになる。
「リアライズ」は取り敢えず積みなんだけれども買っておかないとならない気がしたので。「雫」で物凄い衝撃を覚えた世代としては、その切れ味を再び味わいたくてしょうがないのだよ。リスペクト。
コスプレは購入順番が前後したけれどもこれでコンプ。
話は変わってアニメの「愛してるゼベイベ☆☆」。
結平とゆずゆのやりとりは実に良い感じなのだが、そこに至るまでの設定や周囲を構築してる要素が凄い投げやりというかいい加減なので萎える。キャラの初期性格付けが行動に影響している様にもみえないし。うーん。
細かい所に目をつぶってしまえば話自体は良いのだけれども。
夕方は本の買い出し。
G’zMagazine 6月号
Colorful PUREGIRL 6月号
コミックポプリクラブ 6月号
G’zMagazineには「はにはに」と「Wind」のアニメ版キャラ絵が。……きっついのう。まあD.C.も止め絵はきつかったけれども動くと気にならなかったから本編を見て判断ですな。
「Let’s浜茶屋」の広告がG’zに乗ってる。その判断は正しいと思う。
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通販で注文したおもちゃが届く。
HP/compaq のタブレットPC tc1100 を購入したのである。
さほど絵を描くわけではないのだが、なんとなく液晶タブレットに対する「使ってみてえ」欲求が高まってしょうがなくなっていた次第。しかし、WACOM の Cintiq は高い。15型の1500はそれなりと言っても15万はする。タブレットPCならまあ納得できるかなあという値段なのだけれども、正直お絵かき用ではないし、初代タブレットPCは液晶がひどかった。
値段的に20万円に落ちてきたし、今時の液晶ならそこそこ綺麗なんではないかなあと思って tc1100 には注目していたのだが決定的だったのが、MS が WACOM の筆圧関知ドライバーを配布開始という記事であった。
http://www.itmedia.co.jp/pcupdate/articles/0404/22/news057.html
このWACOMドライバー、元々米国の方で配布されており、遅れて日本でもほそぼそと配布されていたものを今回MSが正式に認めたというあたりが大きい。tc1100 はWACOMのタブレット技術を採用ということを売りにしているほどなのでそのへんの対応もばっちりなはず。
もっとも、このドライバー Microsoft においてあるわけでなく、該当ページでクリックすると WACOM のサイトに飛ぶのだけれどもね。
でまあ、買った直後に ARTIFACT さんとこでタブレットPCで絵を描くことについてのリンク記事が載る。
http://artifact-jp.com/mt/archives/200404/tabletpcgraphic.html
ここから飛んでいけるレビュー記事の多くが辛辣な評価を下していたりするのだが、それはだいたいその通りだったりすることは認めざるを得ない。
なんというか全体的に完成度が低い。一番気になるのは解像度の低さ。デスクトップではエコノミーモデルの FAVO を使っているのだが、それよりも数段落ちる。ポインティングや筆圧の低さは、まあこんなもんだろと気にせずに済むのだけれども、タイムスライスが低いのがとてつもなく辛い。
ビジネス用途で失敗したのでグラフィック用途へ転身しようとしているのではないかと評しているところがあったが、これでは手書きメモもそこそこ辛く感じるような気がする。
とはいえ、本格的に絵を描こうという向きでなければそれなりに軽く楽しくお絵かきできるので個人的なおもちゃとしては気に入っている。この tc1100 の液晶はすごい綺麗、真横からみても色が変わらないのだ。
紙に絵を描く時のようにタブレットの方を手の上でくるくる回しながら絵がえがけるのだけれども、その感覚がすごい面白い。考えてみれば Cintiq ではこんなことできないので、タブレットPCならではの感覚ではあるなあ。
てなわけで手習いで描いていたのがコレ
http://www.fuwa2factory.net/tobira/tobira21.jpg
あ、思い出した。実際にタブレットPCで絵を描いたり、メモをとったりするときって普通の紙と同じく表面に手をつく場面が多い。故に表面が手の脂だらけになるのでそういうのがなんとなくイヤな人にはきついかも。
ここしばらく、各地で「萌え」という言葉の定義に対する議論が活発な様である。
私も昔は「萌え」の定義については語ることがあったが、最近は面倒というか「ひとそれぞれで良いんじゃない」とか言う感じで興味が薄らいだ感じである。
それというのもマスコミで「萌え」という単語が取り上げられるようになったのは良いが、どっか違った方向を向いていてとんちんかんな回答しかなかったというのが経緯にある。これをして私的には「萌えという言葉の再定義と意味の死亡」としている。
よするに今「萌え」と言っている奴はださいのだよ、みたいな悲観的突き放しによる解決なのだな。
とはいえ、ここ数日あちこちで放談されている「萌えの定義」がちょっと面白いので首をつっこみたくなってしまった次第。
見たところ火付け役となったのはasahi.comの社会欄にある記事な雰囲気。
なるほど、萌えに対する動揺をまとめるとこんな感じか。
まあ、他人の意見に口を挟むと水掛け論にしかならないので個人の見解を書くだけで終わらせることにしよう。
私個人が感じている「萌え」という言葉と感情は基本的に「かわいい」という形容の発展である。
ただ可愛いなら「かわいい」と表現すれば終わるのだが、もうちょっと深い分類化された感情の表現なのだな。
考えるに「萌え」という定義は「かわいい!たまらん!」という状態を示すモノなのではないだろうか。「かわいい」だけではなく、それに付随して「たまらない」という感情が噴出する様子がくっついてくる。で、意味が一様に定義されないのはこの「たまらん」の部分に対する解釈が各人ばらばらなためではないかと思うのだ。
最近のどこか違う萌え談義、つまり萌え世代でない人が理解しようと定義する言葉において、この「たまらない」ものがイコール「性的衝動」なのだと解釈されているのだな。まあ、確かに性的衝動としてしまえば多くの人にとって理解しやすい言葉となるわけだ。
萌えキャラをみて「かわいい」と思う、そう思うと同時に「性的興奮」がこみ上げてきてたまらない。まあ、ある意味間違ってはいないのだけれどもでもちょっと違うのね。
可愛いキャラを見て噴出する感情である「たまらない」の規定を考えてみると、意外と繊細かつ多岐にわたっておこなっているのではないだろうか。
「かわいい」
→「思わず恥ずかしくなってしまうがそれは押さえねばならない感情だ=たまらない」
→「じっとしてられず転げ回りたくなるが押さえねばならない=たまらない」
→「こんなこともしてくれるのかと妄想するが押さえねばならない=たまらない」
→「もっとこの感情を浴びるように感じたいが押さえねば=たまらない」
たまらないという感情は実は何かを押さえつけているがゆえに生まれるものである。
なんで押さえつけないとならないかというと世間の目を気にしているからですな。
そして、この「本当は○○したいんだけれども、それは押さえなくては」という葛藤が「かわいい」という快楽とともに訪れることにより、微妙な心のこそばゆさを得ることができる。そういったプチ葛藤状態が我々を「萌え」の虜にするエッセンスなのではないだろうか。
さらに発展させると、我々萌えオタは現実と空想の区別がついているからこそ「萌え」という感情を会得しているのではないかという議論もできそうな気がするがそれはまた別の機会に。
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ちょびちょびと情報は出してきましたが、この度正式に情報公開して良いという許可が出たので「ぽえりな」のサイトを公開開始しました。
まだ予告だけで、内容の説明はありませんけれどもよろしくお願いします。
萌えだ萌えだと騒いでいた私が、まさか今はやりの萌え系コンピューター書籍(のようなもの)を執筆することになろうとは。まあ、言うまでもないことではありますが、消費者として色々述べるのとクリエイターとしてモノを作るのとは全然違うわけで。自分で作ってみると大したものはできないものだなぁ、とまた反省モードに入る次第。
あ、キャラクターや漫画については武礼堂さんがかんばってくれているので萌え本としてはしっかりしていると思います。感謝。武礼堂さんの絵ですけれども、流石に乳とか汁とかはあふれてはいませんよ、全年齢版 :-)
まあ、察しの良い方には説明不要だとは思いますが、ここしばらく更新が鈍っているのはっこの執筆でひーひー言っているからですわ。
esBooks と cbooks24 で予約受付中。(宣伝)
関係ないけどGWなのでちょっと帰省中。
回線が貧弱になるので、一気にネットワーク弱者に。アニメ視聴環境も弱体化。
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