Archive for 1月, 2010

PLUSの裁断機PK-513Lの導入

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散財記録。
裁断機として以前から好評なPK-513を購入。ずーっと欲しかったのだけれども、満を持しての導入。悩み続けていたのはやはりその置き場所の確保。結構な大きさがある上に、ハンドルが上に上がった状態でロックされるものだから、普段たたんでどっかに置いておくといったことができない代物なのですな。
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これまた散財なのだけれども、先日 Kindle SDK 発表を受けて「面白そうだ」と購入した Amazon の Kindle DX が発端。
PDFが表示できるので、Kindleで読みたいものは自分でスキャンしてPDFを作れば良いのですな。で、その作業をさくさくこなすために裁断機が欲しくなったという次第。
PK-513はこの手の用途で使う裁断機の定番なれど、1万円代で「400枚切れる」という中国企業産の裁断機もあり肩を並べる人気。でもこっちにしたのは、実はPK-513の方が12kgと軽いのですな。それに刃に触れない様安全対策が施されまくりなのもポイント。その分150枚しか切れないけれども、そこは十分な数値かと。
で、使ってみてその便利さにビックリ。「ちょっと」苦労するかもしれないけれどカッターでも切れるしなー、とか思って導入を渋っていた過去の自分にグーパンチをお見舞いしたい。
いろんな人のレビューを見ていたのだけれども、自分で切ってみるまでその凄さがさっぱりわからなかったのも事実。
なので、本を切るところを動画にしておいたよ。

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タブレットPCについてそろそろ一言言っておくか

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2010 International CES ではタブレット型の電子書籍とAndroid搭載タブレットの話題で埋め尽くされていた。それと同時にAppleのタブレット型iPhoneへの期待も高まり発表前日といった様相を呈している。
ところで私はHPのTC-1100というタブレットPCを所有している。2004年と今からもう6年も前に発売された機種だ。当時はタブレットPCがコンピューティングを変えるとマイクロソフトが意気揚々として発表していたものだが現実としてまったくといって良いほど流行らず、その後”ORIGAMI”という二度目の失敗を経て今日に至る。
しかし、このTC-1100はさほど悪いわけでもなくむしろ名機であったとも考えている。PentiumM 1.0GHz と当時は十分過ぎるスペックだったものの、今では非力でAtom搭載機みたいに動作にワンクッション感じるため使いづらくなってしまった。でも、未だに手元に置いておいて時たまいじったりしている。
タブレットデバイスがようやく花開こうとしている今だからこそ、タブレットPCを振り返ってみようと思う。
なにごとも、故きを温ね新しきを知る事は大事。
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立体出力サービスを試してみるのこと

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やたー、立体出力サービスでオリジナルキャラフィギュアできたよー!

以前、3DCGフィギュアの話を書いたときになんとなくにじみ出ていたと思うんだけれども、私はフィギュアを作る技術を持つ人に憧れ羨んでいるところがある。物作りできる人全てにコンプレックスを持っている様なものだけれども、その1つとして。
そういったフィギュア作りをコンピューターアシストでできないものかといったところから、形状を物体として出力する立体成型技術に長らく熱い視線を送っていた。個人用だと、卓上CNCのMODELAあたりから始まって、CNCフライスキットとか。CNCとは別なアプローチで3Dプリンターなる物が流行しはじめて、RepRapCandyFabFabberCupcake CNCといった物達に目を輝かせてきた次第。
別にフィギュアそのものを成形しなくても、パーツを3DCADから出力してくれれば良いと思っている。

2008年に業務用ではあるが ZPrinter という色つきの立体モデルを成形できる立体プリンターが登場して皆を驚かす。
これだとパーツでなく完成品になってしまうのだけれども、まさにフィギュアがそのままでてくる装置ではないか。
この ZPrinter がリリースされると、こいつを使った立体出力サービスがいくつかの会社でスタートする。
その前後から立体出力装置の安価化から、一般利用できる代理出力サービスが多くなってきており、アマチュアモデラーでもそれら立体出力を気軽に利用できるようになっていった次第。
立体出力サービスも「樹脂積層成形」「光硬化樹脂膜積層」そしてZPrinterの「接着インク噴出型積層」といろんな機械と手順によるものがありそれぞれ特色をもっているため目的に合わせて選択する必要がある。

そんな百花繚乱?時代な立体出力サービスを実際に試してみたくてうずうずし続けていたのですよ。
しかし、試すのは容易だけれども実際に出力するモデルが必要になる。人様の物を借りるのも気が引けるし、版権的に問題のないものにしたい、それになによりモデルを自在に扱う技術が欲しい。といったわけで、3DCGに再度チャレンジし自分で出力するモデルを作れるようになってみたわけです。
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今回出力した 3DCG モデルデータ。
出力するサイズによってお値段が決まるのだけれども、いかにも「フィギュアっぽい」大きさと質感にこだわって大奮発!高さ 14cm で成型してもらう。お値段2万5千円なり。安くはないけれども、1点もののオリジナルキャラフィギュアと考えると順当な額かも。
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サイズ 10cm のねんどろいどと並べて比較。

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好きなことだからこそお金にしないというのはどうか

誠 Biz.ID 「必要なのは才能発掘の次のステップ」――日本のアニメ業界に足りないもの
この記事を読んでなんとなく思い出したこと。
単に思い出しただけだから関係無い話かもしれない。

以前、オープンソースライブラリ SDL ユーザーML のOFF会にお邪魔させてもらった事がある。オープンソース系方面においてゴリゴリの趣味でゲームを作って楽しんでいる方々がいっぱいな集い。OFFというよりミニ成果発表会。
学生・研究生と本職・元本職のゲーム制作者とその他が 1:1:1 くらいの割合だったのかな?本職も少なくなかったということで。仕事とは別に趣味でもってゲームを作りたいという筋金入りまくった人たちだと思っておくれ。
そんな中にえらく若くて有望な学生さんがいて、ゲームとして完成させたものはないけれどもこの歳でここまでできるのは凄いよキミと皆一目置いていた。その子に対して皆が口をそろえてかけた言葉が
「そこまでできるなら絶対に『ゲーム会社には入らない方が良い』、個人で続けなさい」
といったもの。もちろんその場では私もこの言葉には同意していた。
企業に入って『商品』をつくるとなると、いかに早く安く作るかだけが問われて技術や才能を振るいようがない。特に、市場が自転車操業になっている状態では言われたことをやるだけだし、ろくな事をさせてもらえない。そんな意味の言葉。

しかし、冷静に考えると妙な話である。才能がある人間に対し「プロにはなるな」と言っているのだから。適当な仕事をして生活するだけのお金を稼ぎつつ、才能は個人趣味で伸ばせというのは本当に適切なのだろうか。
このへん、開発職が職人色や芸術色を淡くもっている故のジレンマなのかもしれない。
でも、企業に属して沢山のお金と人を費やさないと作れない類のものもある。そういうのが作りたいなら会社に入って作るしかない。逆に言うとそうでなく個人で作れる何かであったら、組織は足かせになって個人の才を殺してしまいかねないから趣味でやっていた方が良いのかもしれない。
そんな風に「個人でできるから企業には入らず趣味でやります」という考えが主流になったら企業と市場を中心とした「業界」というものにとってはもの凄い痛手かもしらん。才能がある人ほど業界にこなくなるのだから。

なぜ、会社や仕事において上の地位を目指すのかと考えると、そうすることが自己表現の形、自己のアピールだったからなんじゃないかなあ。生活の他は仕事しか無く、個人研究や趣味というものをイメージすることができない種類の人は、仕事=自己表現だからそれに邁進できるのだろう。
しかし、ネットワーク等テクノロジーの発展で時代は変わり様々な形で自己表現を行う事ができるようになった。やりたいことを仕事という形にしなくても表現ができるのではないか。
才能を開花させても仕事にはする気がない。そういうのもアリか。



「ぴこぱこサイクル」とは


2009年は月1本のペースで「ぴこぱこサイクル」というオールドゲームのプレイ&レビュー動画を投稿していた。
月に1本といっても定期的に動画を作成するのは結構大変なことで、それでもなんとか12本を作成して昨年を終えることができた次第。一応、始めた時から月1の12回シリーズと決めていたので、予定通りの終了。
なんで突然プレイ動画を作り始めたのかというあたりにも理由があって、これはこれで以前からやりたかった積み残し作業なのですよ。
そんな思惑と過去の経緯を、誰に聞かれるでもなく勝手に書き連ねるのが今回の記事。
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メーカーのサポートセンターが苦手

手持ちのノートPCのひとつでHDDがBIOSレベルで認識されなくなり、修理に出すことにした。
分解しづらいノートタイプというのと、保証期間内なのでうまいこといかないかと思って自分でばらすのではなく、今回はメーカーサポートを利用する事にした。まあ、それ以前に自分でばらすのも困難な奴だったし。最近はMacintosh を筆頭に分解しづらいのが増えているので息苦しくなってきたよなあとも思う。

メーカーに修理を頼みたい場合、大抵はサポートセンターに電話して引き取ってもらうか、サポートに持ちこんで故障状況を説明する必要がある。しかし、このサポートセンターがどうにも苦手なのだ。
なぜかというと、全ての顧客に対応できるレベルで応答してくるからに他ならない。
つまり、サポートセンターは私を徹底的に初心者扱いしてくる。まわりくどい。

ソフトウェアの不具合や、操作的な不具合は自分でなんとかするので、サポートセンターを利用するときはハードウェアの故障と完全に問題切り分けができている時になる。自分じゃ直せないからハードウェア的に交換して直してくれ、といった状況しか存在しない。たぶん、ハードウェア的に修理もできない状況であると判断できたら修理依頼もせず涙をのんで破棄するであろう。
そのように、ハードウェアの故障だと明確にわかっているときにマニュアル対応されるのは苦痛なのである。
電源が入らないといっているのに「OSのバージョンはいくつですか」と聞いてくるのには苛立ちすら覚える。

別に今のサポートセンターが悪いというわけではなく、むしろ通常利用客にとっては必要なものであり丁寧に教えてくれているなあと素直に感心はする。

ただ上級者や同系列のプロフェッショナルにとってはまどろっこしいだけで、お互いの得になっていないんじゃないかと思う次第。
素人お断りで基本お金を払って直すだけとか、状況によってはユーザーの使い方を嗜める様な、そんな頑固職人みたいな上級者向けサポートは無いものかねえ。いまやメーカーでも修理することができなくて全取っ替えするしかない状況故に、ハード故障時の対応というのは難しい課題な気もする。



拙作バッテリーゲージのQt移植版

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年末に Satofumi氏より連絡いただいたのだが、私が昔Linux用に作成していたバッテリーモニターアプリを Qt Toolkit を使ってリファインしたものを作成されたそうだ。

サイトへGo! → 「APM ばってりーもにたー」

マルチターミナルをめざして Qt 版を作成したとの事なので、Linuxで動作することを保証するだけでなく Windows版のバイナリも提供されているのでお試しあれ。

今回の連絡をもらってありがたいなあと思うのはリファインしてもらったことよりも、10年も昔に作ったものが掘り起こされてかように使っていただけたところですなぁ。



2010年はこんな萌え?

2010年明けましておめでとうございます。
毎年年明けには「今年はこんな萌えが来る」と根拠なく放談を続けている当ブログ。いいかげん「萌え」という言葉も古くなり00年代とともに捨てていきたいところですが何となく恒例になっているので今年もやる気なく書いていきますよ-。

2009年の放談を振り返ると「コミュニケーション構築に向けた、名刺としての萌え要素」とか書いていた。俺の嫁を宣言することでわかり合える猛者たちといった事なんだけれども、ラブプラスを取り巻いていた熱狂をみるとあながち外れてはいなかったのかなーとも思う。
ま、そんな事はさておき、今年を占ってみよう。

ここしばらくはコミュニケーションとキャラクターの関係について考える事が多かった。コミュニケートの手段としてキャラクターを用いたり、キャラクターを軸に場を作りそこでコミュニケートをする様になると見ていた。
そういった世界はおおよそ構築されたような気もするのだけれども、今年はそれらが拾い切れていない要素にスポットが当たるのではないかと見ている。
ズバリ言うと「個人の萌えという感情を定量化して比較、競争していく」という世界。俺の愛花に対する入れ込み具合を見よ、ワシが凛子のために書いたラブレターは108式まであるぞ、私は寧々さんとすでに300時間語らっています。とかそんな世界。
なんとなく今までそのように入れ込み具合を競うということはまれで、主にあったのは「いかに自分が壊れているか」といった表現であった。痛車とかはそういったオタクの(ちょっぴり自虐的な)表現から生まれたものじゃないかと思う。

痛車やディスプレイ前でのバースディケーキの例を出すまでもなくこれまでにもいかに壊れた表現ができるかといったことや、それほど自分はこのキャラが好きだという表現を我々はしてきた。
どうやってその表現をしていたかというと、誰が見ても敵わないと思ってしまう圧倒的な壊れっぷりを提示して叩き伏せるといったやりかたであった。これは表現のインフレを招きやすいし、高度になっていくと「どっちがすごいのか」といった判断がつかなくなっていく。
なので、これから出てくる萌え要素にはどれだけ萌えたかを数値化できることが求められていくのだと思う。
数値化、大事です。先ほどちらっと出てきた「プレイ時間」などが良い例。ほかにもキャラソンCDを100枚買うとかあったよね。そういった数値にすると、ヤムチャでは敵わないといったことが明確にわかるわけ。なので、最初からそういった数値化とセットになった萌えが提供されていくだろうと見ている次第。
ゲームだったらプレイ時間だけじゃなく、ゲーム内での実績システムみたいなのとか、お前あのキャラと何回コミュニケートしたとか。シスタープリンセスの前からあった誌上ゲームでのお気に入りキャラクターのお兄ちゃん数によるランキングとか、ああいうのをネットと絡めると今もっと面白くできるはず。

結局、そういった競争や比較をした事があまりないというのはどういう事かというと、キャラクターを愛でるといった行為はこれまで個人の範囲のみで行われてきたことである。そういった隙間をめざとく見つけた人は、他の人がギャルゲーをしている姿は意外におもしろいということがわかっていたりする。
ぶっちゃけていうと「みんながどの様にラブプラスをプレイしているのか見てみたい」といった事になる。そして、そういった事はオフ会などを通じてちょくちょく実現化されているようだ。
今のとこ互いの萌え度をぶつけ合うといった場はオフ会の様なリアル空間でしかやりにくいものとなっているのではないかと思う。しかし、その表現方法が確立すればネットワークを介して見せっこすることが可能になるはずなのである。
つまりはキャラクターに対する愛や入れ込みといった「プレイスタイル」を作品として提示し、それを元にPixivのように語り合うSNS空間、そしてそこで交わされるコミュニケートがより求められるのではないかという世界を見ている。
そして、すごい奴を見て自分の位置を確認するという作業のために必要なのは萌え度を表すスカウター、つまりは定量化でないかといった事につながるのである。
こう改めて書いてみると ai sp@ce が微妙に惜しいなあ。

ここ数年の繰り返しというか総括になってしまうんだけれども、ゲームやアニメといった商品によってトップダウンで与えられるキャラクターによる「萌え」というのが発端だったのだけれども、今はキャラクター単体があってもなんの価値も持たない様になってしまった。
萌えやキャラクターといったコンテンツが成功するには、ユーザー側で発展させ膨らませるという作業が必須であることが目に見えている。そういった状況なので、ユーザーがなにに飛びつくのかというのは制御が難しくなり、コンテンツフォルダーとしてはやりにくいところだと思う。場合によっては素人が描いた全くの落書きみたいなものがもてはやされるかもしれないのだから。
だからこそ、ユーザー側での祭りにフォーカスが当たるわけである。
ユーザーも与えられるだけ、消費するだけでは面白くないと感じている。だから、キャラクターに対する想いを動画作成に注ぎ込んだニコマスといったものなどが作り出されていく。
そういった、ファン活動という二次創作活動が加速するとどうなるかというと、次は二次創作者にスポットがあたりブランディングされていく。エンドユーザーそのものが注目されつつも、キャラクターという共通項を通じて好きな人たちがつながっている。
そういったコミュニティ構築がやりやすい「萌え」というのは、自己表現がやりやすいキャラクターもしくはコンテンツ、システムといったことであると纏められる。
ニコニコ動画「御三家」などと括られたアイマス・東方・ボカロはそれに必要な要素をバランスよく含んでいると見れるのではないだろうか。

消費だけでなく、表現ができないと今の「萌え」は楽しめなくなってきている。




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