Archive for 11月, 2007

アニメのブランド買い

アニメ「ひだまりスケッチ」の第二期「ひだまりスケッチ×365」の放送が決定されたらしい。(公式サイトで告知あり)
ひだまりスケッチは原作漫画もそこそこ好きだったがアニメもツボにはまったので、特別編も併せてDVDを全巻購入していたりする。なので、続編のニュースは素直にうれしいところ。

発表のあったファンイベント「超ひだまつり」は流石に行かなかったのだけれども、最も盛り上がったのがステージで歌い踊り、ファンを熱狂させる原作漫画家のウメスであったというあたりは外聞ながらちと面白い。
原作者の蒼木うめがなんでキャラソングを歌いエンターティナー扱いなのかということについては、TVアニメを見ていただけの人にはさっぱりであろう。アニメ中うめ先生というキャラクターを蒼木うめ先生本人が声をあてていたというところまでなのだから。
その後、うめ先生を人気者におしあげ、歌まで歌わせた経緯はDVDに入っているオーディオコメンタリー特典と、ひだまりラジオ(WEBラジオ)内での展開に因る。そこでのキャラクターが面白かったのであれよあれよと持ち上げられて行く訳なのだけれども、逆にそこまでついて行っていない人にはわからないお話ではあるよなあ。

さて、第二期といえば「さよなら絶望先生」も第二期が制作されることになった。
「ひだまり」も「絶望」も同じシャフトがアニメーションを制作している。シャフトつーか、新房昭之監督と愉快な仲間達による(クセのある)超演出なアニメーションといった所だが。
なので、ライン的にはそれらで手一杯なのだろうなーと予想する次第。
そのシャフト制作で今放送しているアニメは「ef – a tail of memories.」なんだけれども、この作品では大沼心氏が監督を務め、新房氏は監修としてクレジットされている。でもまあ、そのへんは毎度のスタッフと言えなくもないので、大沼氏のえぐい演出が沢山観れるアニメに仕上がっている。
7話のBパートなんかずっと留守番電話の音声と文字だけだったのだけれども、すげー怖かった。
とまあ、最初は新房昭之監督作品に惚れこんで追いかけていたのがいつのまにかシャフトというアニメ制作会社のファンになっている次第。

このアニメ制作会社に対しブランドイメージを持つというのは案外少ない様に思う。
Production-IG とかスタジオジブリなんかは別格の領域なんでまあ置いておくとして。アニメ制作会社から作品のイメージができるなんてのは、今時京都アニメーションとシャフトくらいなものなんじゃないかと。
ちょいと年配であったらマッドハウスとかもピンと来るかもしれないけれども、あそこも最近は手広くて独自のカラーというのも薄まってきている気がする。
京アニは若い衆に絶大なる人気を博しており、京アニ厨を多数生み出している。「らき☆すた」も京アニだからということで盛り上がった節がある。(最終的には内容の手堅さで観られたと思うけど)
そこまでくると「あの制作会社だから面白いに違いない」という妙なブランドが確立することになるわけだ。でまあ、それに答え続けているからこそブランド価値が生じているわけだけれども。

京アニなんかはヒットタイトルが割とわかりやすく経緯も目立つが、シャフトは本当にあの独特の実験アニメを積み上げて今の地位にいる感じである。
予断だが、シャフトは割とぎりぎりな制作進行で進んでいるらしく、数作品に一回は間に合っていない回が混ざることがある。そんなとき、作画崩壊やスケジュール崩壊を「演出」でごまかしてしまうあたりがある種の醍醐味であり悪しき楽しみでもある。これ、いつもの演出にしては変だけれども、間に合わなかったんかなあと一瞬不手際がわからないというのがちょいと面白い。

まあ、なにはともあれ「絶望先生」と「ひだまり」の第二期が楽しみなのですよ。


By rerofumi in 未分類   .::. (Add your comment) ���Υ���ȥ꡼��ޤ�ϤƤʥ֥å��ޡ���

勉強になるのはニコニコブックマークの方とする説

最近はニコニコ動画の一挙手一投足が注目されて連日ニュースサイトを賑わせている次第。なんというか、ニコニコ動画は成功したサービスであり勝者であるとされている。
そして、お金の臭いがするとばかりにビジネスマンが群がって来ているあたりに妙なむず痒さを感じてみたり。
ユーザーコラボレーションは初音ミクだけじゃないんだよ?愛犬『てつ』とかチーターマンとかもすごいんだよ?とか言ってみる。(フタエはちと面白さがわかんない)

ニコニコ動画がどうして成功したかなんてのは実は分析してもなんにも役にたたないんじゃないかと思っている。なんでかというと、ほとんどがユーザーサイドの側にある都合で、運営の努力が結実したものではないと考えているからだ。
むしろ全く同じ思想と手順でサービスを行い失敗したニコニコブックマークを分析することの方が勉強になるのではないかといったことを提案したい。
私がニワンゴすげえと思ったのは、他でもないニコニコブックマークをあっさりと止めてしまったところにある。ああ、ここは本当に決断と行動が早い所なのだなとしみじみ感じた。

ニコニコブックマークは世間にあるWEBページに任意のコメントを付けることのできるサービスであった。このこと自体ははてなブックマークのコメントと同じ様なものだからうまくいきそうな気もする。
だが、WEBページに付箋紙のようなコメントを付けても感想を述べている感には乏しく、ページに落書きをしているもしくはされている様な気分にしかならなかったのが直接的な失敗の理由だろう。
(はてブのメタコンテンツを「陰口の場だ」と怒る人も居りますが)

実はニコニコ動画とブックマークはコンセプトが同じだったりする。WEB上(YouTubeとか)にある動画にコメントを付けられることから始まったニコニコ動画。WEB上にある記事にコメントを付けられるニコニコブックマーク。
ニコニコ動画が幸運だったのは、コメントを付けながらの鑑賞に味をしめたユーザーが「コメントを付けるために」わざわざ動画を持ってきてニコニコを利用した事にある。なので「私の動画を勝手に利用して笑いものにしている」と怒り出す人がほとんどいなかった。
だけれども、WEBページはニコニコでコメントしてもらうために作るという余地がほとんど無かった。つまり、ネタ職人が腕を振るうことができなかったのである。
この「コメントしてもらうためにネタを作り投稿する」というスタンスが大きな差違を生むことになっていく。
しかもある意味幸運なことにニコニコ動画はYouTubeから締め出しを食ってしまい自前の動画共有サービスを作ることになってしまう。このことが一層「ニコニコでコメントしてもらうための動画を投稿」という色を濃くしたのだ。
最初からコメントされるのを意図したコンテンツなので制作者も怒りようがない。
(動画の中で勝手に絵を使われた絵描きとかは怒っていることがあるが)

そういう風に考えると重要なのはネタを提供する「職人」と、その職人を喚起するに十分な数の「視聴者」ということになる。
「提供者」「職人」「消費者」という三層構造になっていてその層の境界が限りなく曖昧であるというところがこれまでの、「生産者」「消費者」しか見えていないビジネスモデルと違うところなのだろう。
この三層については「デジモノに埋もれる日々」のCKさんが過去に語っており、そこから引用している。
ニコニコと「アイマス」と「初音ミク」 – 企業とユーザと鑑賞者の関係変化

セカンドライフも三層構造を持っているのだけれども、職人しかいなくて消費者が思ったように増えなかったのではないだろうか。いや、良く知らないのだけれども。

ニコニコ動画の成功譚よりも、ニコニコ市場の方が凄い。
あれは最初から狙ってストレートにストライクを決めている。しかも、お買い物という行為にネタで買うという要素を取り入れ、娯楽としてしまったのだ。
さらに言うと、ユーザーが買えばニワンゴにお金が入るというマネーフローがあれだけ明確なのにそれでも気にせずニコニコ市場で買い物をさせることができている。ニコニコ動画の枠を崩さず、さらにプラスとした手腕には正直感服せざるを得ない。



この冬は蜜柑が大量消費される予感

ネギの次を狙うのは良いが今の段階から、たくあんだの、エステー化学だの、はじけるレモンの香りだのやりすぎですおまいら。もちつけ。

でも、
みかん

この冬はみんなしてむさぼるようにみかんを食いまくる事がなんか今から想像つくね!

剥いたみかん
↑この写真を見て興奮した奴は想像力が旺盛すぎます。

参考資料:認知心理学の実験:鏡音リンを作ってみた
ねりねりしちゃうゾ(←狙ってみた



みねリンは本当に妹キャラなんだなあ

minerin00

正式発表の前日ではあるけれども、ほぼ情報が出回った VOCALOID2 キャラクターボーカルシリーズ02「鏡音リン」。公式画像のすっぱ抜きが ITMedia というのも面白いところ。
プロフィールで年齢と身長があるらしいが、初音ミクよりも一回り小さいスペックになっていて本当に妹キャラ的存在なのね。おっきなリボンがトレードマーク。
14歳(相当?)という設定からもエロ同人自重風味。

まあ、まだまだ先だとは思うけれども、音声サンプルが気になるところでつね。

minerin_trio

03は紫色で学ランとか来るかな?

ふと思ったんだけれども、キャラクターボーカルシリーズが出そろった時何がおこるかというと、単に「アホの子」が 3人に増えるだけなんじゃないかと。
揃いも揃って手がかかることがわかっているというのも面白い。



三人目のVOCALOID

kaito_package
いつかは買おうと思って幾年月。何か考えるところがあったわけじゃないけれども、ひょろりとKAITOを購入。MacOSX10.5 を買いに行ったついでというか、なんでかミクと一緒にMEIKOとKAITOも数本店頭に並んでいたので。

KAITOって歌声がイマイチに聞こえるから不人気だったけれども、これ使い方次第なんじゃないかな。使いこなせば化けそうな気がする。
実際ニコニコでもぱらぱらと良い歌声のKAITOの断片をみるし。

以前MEIKOに歌わせていた「お正月」のデータをそのままKAITOに歌わせたモノ。
newyear_kaito.mp3

これ去年作ったモノだと勘違いしていたけど、二年前のデータだったのか。


By rerofumi in DTM   .::. (Add your comment) ���Υ���ȥ꡼��ޤ�ϤƤʥ֥å��ޡ���

管理主義は何も生み出さないという見方

日経のサイトをぶらぶら眺めていたら見つけた糸井重里氏のインタビュー記事。それを読んで思わず「むぅ」と唸ってしまう。

『「屁尾下郎」氏のツッコミが世の中を詰まらせる』
http://business.nikkeibp.co.jp/article/life/20071023/138300/
『ご機嫌な人を見ると、不機嫌になる社会』
http://business.nikkeibp.co.jp/article/life/20071031/139184/
(記事自体はまだまだ続くらしい)

なにやら自分を管理者として置きたがりその正義を周囲に影響させる人達と、そういった管理は実は何も生み出していないんだよねというお話。
糸井氏のお話は個人的に賛否半々くらいなのだけれども、今回はたまたま私の中での認識と合致していた内容だったのでかぶりつきで読んでしまった。この記事の何が凄いかというと言っている内容そのものではなくて、それを適切な言葉を選択してわかりやすく伝えてくれるところにある。このあたりの「糸井マジック」には、いつも凄いなあと感心する次第。
作家の森博嗣氏が MORI LOG ACADEMY で良く「詩を紡ぐのだけは才能に因る」みたいな事を書いているけれども、そういった言葉を操る才能というものを最近やたら大きく感じる。

それはともかく内容の管理主義についてのお話。
管理する人ってのは必要だし、それがいないと不均等が生じるであろうといったあたりはその通りなので良いと思う。問題は、管理を代行された人の融通と、代行されてもいないのに代弁する人々の威力範囲なのだろう。

オープンソース主義者とその否定派の衝突っていう構造と、創造主義者と管理主義者の衝突ってのはなんとなく根っこが似ているよなあと前々から感じていた。なのでその原因を同一視することで何となく理解できるんじゃなかろうか。
『ご機嫌な人を見ると、不機嫌になる社会』では一節しか出てこないが「勝ち負け」という言葉がある。私としてはこの「勝った負けた」という定義の差と、競争社会に浸りすぎて「負けてはいけない」という強迫観念に囚われている結果なんじゃないかなあと思っている次第。
資本主義社会だと「勝った=儲かる事」なので、今すぐお金にならない様なクリエイティブワークはなんでもかんでも「負け」になってしまうのだろう。そして本当に負けることはいけないことなのだろうかというお話もある。




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