玩具における復刻版に思うこと

「ゲームロボット9」が復刻版+αで「ゲームロボット21」が発売されていた。単純に復刻版ではなく、新規に作り直しているのが憎いね。
「ゲームロボット9」は以前にも書いているように思い入れがなかなかに深く、子供時代を語るに外せない一品。(私が持っていたのは「ドクタースミス」でしたが)
「頭脳トレーニングに」という煽りがついているのはご愛敬。
確かに追加になっている計算系ゲームは中々に頭をつかうので良い感じではあるけれども、実際の頭脳トレーニングに使うには時間計測が足りないのが惜しい。まあ、このへんは計算ドリル付き計算機を買ったりしたほうが良いよ。
推理系ゲームは、理詰めで考えていくと最後 1/2 の確立に追い込まれたりして、結局運が全てだったり。
むしろアクション系が楽しいかも。でっかいボタンをばっしんばっしん叩いていくあたりは「ああ、玩具だなあ」という楽しさがあるのですよ。

「GYAA–」の時もそうだったけれども、こういうのは単純に復刻版というのではなくやはり実際に楽しいと思う。
最近は玩具コーナーを見ていると、テーブルゲームを中心にパズルや知恵の輪、携帯ゲーム機(not テレビゲーム)といったスローゲーム類がじわじわと活況を呈してきている。
そういった傾向を見ていると、ヴァーチャル指向からリアル指向へのリターンがあるのではないかと考える。
やっぱり実際にモノを手にして目の前で展開させたり、触ったり押したりといったアクションを行う事の楽しさへの帰依である。

それをさらにひいて「テレビからの脱却」というトレンドを捉えてみたい。
これまでは全ての娯楽(エンターティンメント)が家庭のテレビを目指していたと思う。TVゲームしかり、家庭用情報端末しかり。
TVゲームが TV を占有してしまう問題というのは 90年代の存在だと思う。
転機はやはり携帯電話の普及だろうか。
そして TV はデジタルの時代に入り、DVD が普及し、お茶の間のテレビは TV もしくは映画を見るための端末という本来の目的に戻っていった。
今後家庭進出を目指すモノは「テレビを利用」してはならないと思う。
端的なところではゲーム専用機だな。どんなに次世代機が凄くても、お父さんが映画を見るために奮発して買った大型薄型テレビの HD を占有しないと遊べないというのでは利用体系として難しいのではないかと考えている。

パーソナルメディアでありつつ、みんなで情報共有できるような端末はこれからを捉えるのに必要な要素かなあと思ったり思わなかったり。
というか DVD で映画視聴バブルに破綻は訪れるのだろうか。

……とか書きながら TV に繋いで遊ぶ「ドラゴンボールZ バトル体験かめはめ波 〜おめぇとフュージョン〜」が気になっているのは秘密だ。
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