Archive for the '文化' Category

Make: Tokyo Meeting(仮)ですってよ奥さん

オライリーの激工作本「Make:」。その日本語スタッフが企画している Make: Faire の小型日本版なイベントが予定されていることが日本語版Make: Blogで発表になっている。
http://jp.makezine.com/blog/2008/03/make_tokyo_meeting.html
(↑ Mar.07.2008 URLちょっとかわった、とおもったらまたもどった)

チョー楽しみですねッ!おとなげない文化祭。

実は既にコンタクトをとっていて参加することがほぼ決まっていたりする。
詳細についてはまだ何もないので今後の情報待ちといった所。
確定したらまたアナウンスするので、今のところは予定といったところで第一報までに。

追記:
コメントの方で尻Pがばらしていますが「尻Pと不在通知Pのコンビ」でなんかやれということになっています。
はたしてどうなる事やら。



管理主義は何も生み出さないという見方

日経のサイトをぶらぶら眺めていたら見つけた糸井重里氏のインタビュー記事。それを読んで思わず「むぅ」と唸ってしまう。

『「屁尾下郎」氏のツッコミが世の中を詰まらせる』
http://business.nikkeibp.co.jp/article/life/20071023/138300/
『ご機嫌な人を見ると、不機嫌になる社会』
http://business.nikkeibp.co.jp/article/life/20071031/139184/
(記事自体はまだまだ続くらしい)

なにやら自分を管理者として置きたがりその正義を周囲に影響させる人達と、そういった管理は実は何も生み出していないんだよねというお話。
糸井氏のお話は個人的に賛否半々くらいなのだけれども、今回はたまたま私の中での認識と合致していた内容だったのでかぶりつきで読んでしまった。この記事の何が凄いかというと言っている内容そのものではなくて、それを適切な言葉を選択してわかりやすく伝えてくれるところにある。このあたりの「糸井マジック」には、いつも凄いなあと感心する次第。
作家の森博嗣氏が MORI LOG ACADEMY で良く「詩を紡ぐのだけは才能に因る」みたいな事を書いているけれども、そういった言葉を操る才能というものを最近やたら大きく感じる。

それはともかく内容の管理主義についてのお話。
管理する人ってのは必要だし、それがいないと不均等が生じるであろうといったあたりはその通りなので良いと思う。問題は、管理を代行された人の融通と、代行されてもいないのに代弁する人々の威力範囲なのだろう。

オープンソース主義者とその否定派の衝突っていう構造と、創造主義者と管理主義者の衝突ってのはなんとなく根っこが似ているよなあと前々から感じていた。なのでその原因を同一視することで何となく理解できるんじゃなかろうか。
『ご機嫌な人を見ると、不機嫌になる社会』では一節しか出てこないが「勝ち負け」という言葉がある。私としてはこの「勝った負けた」という定義の差と、競争社会に浸りすぎて「負けてはいけない」という強迫観念に囚われている結果なんじゃないかなあと思っている次第。
資本主義社会だと「勝った=儲かる事」なので、今すぐお金にならない様なクリエイティブワークはなんでもかんでも「負け」になってしまうのだろう。そして本当に負けることはいけないことなのだろうかというお話もある。



オープンエモーションという考え方

オープンソース系の実力者は、その Blog も面白いなあと思う事が多い。
以前から漠然と思っていたものの説得に足る材料が揃えられていないため口外してこなかったことなのだが。
結局、今の時点でも統計をとっているわけではないので単に私がそう感じているといった程度に受け止めて貰いたい。

オープンソースというと「無料」というイメージがつきまとうが、本来はそういった金銭的なお話ではない。文化をみんなで育てるという割と当たり前な事をしようとしているだけである。
文化を発展させるためには、誰でも参加できるようにした方が良いよねということを若干強調しているに過ぎない。ただ、その強調部分が「金銭的なお話」の人の何かを逆撫でしてしまうことが多く、あらぬ方向で火の手を上げてしまうのだが。

オープンソースと直接的には関係ない記事だけれども dankogai氏の「気前がいい」関連やその周辺の反応は興味深く読ませてもらったし、その後しばらくたっても頭の中に残っている。

404 Blog Not Found: 気前という技術
http://blog.livedoor.jp/dankogai/archives/50864723.html
404 Blog Not Found: 頭がいいより気前がいい
http://blog.livedoor.jp/dankogai/archives/50773505.html
www.textfile.org: 頭がいいより気前がいい(反応記事)
http://d.hatena.ne.jp/textfile/20070226/kimae

オープンソースという言葉を使ってしまうとどうしてもコンピュータープログラムがイメージされてしまうため話しの発展性が無くなるが、要するに「技術」や「知識」や「嬉しさ」をできるだけ公開・共有してお互いの意見をぶつけあいより良くしていこうということだと思う。
別にそこにおいて「金銭的に儲かる」話しをしても実は良いのだけれども、文化的発展を阻害するのだけは御法度である。そして、過度の私欲追求(お金だけじゃなく、名誉や権力も)は文化的発展の阻害要因となることが多いので、非難対象とされやすいというだけの話しだと思う。

あんまり外れた所に力をいれてもしょうがないので Blog の話に戻るけれども、オープンソース系をその様に理解し活躍されている人ってのは Blog に対する姿勢もオープンソースと同様なのではないかと類推するわけだ。
つまり、技術を伝搬し知識をぶつけて切磋琢磨していくための文章だからではないかと。
Blog なので思想的なものだけではなく、感情的なものも良く記述されている。でもそれにおいても、単なる日常を記した個人日記やメモというわけではなく誰かに伝えるためのもの、ひいては文化的発展に関与するためのものであるとみている。そして、そういった感情論の上に技術や知識が乗っかって味わい深い記事となっていくのだ。

そういった、オープンソース的だけれどもプログラムに因らない Blog エントリーはどう表現すべきなのかと考えていたのだけれども、言うなれば「オープンエモーション」といったところだろうか。
ソースコードと同じくなんでもかんでもオープンにすれば良いという物ではなく、文化的発展を狙ってここぞというところをオープンにしシェアしていく、そんな感じ。

以上の様な視点で Blog をみていくと、意外と重要なのが間違った見識でもって書かれた記事であることにも気がつく。もちろん間違っているのでその記事自体は害なのだが、それを諫める識者の反応がとてつもなく役に立つ。様々な正解が寄せられて比較できるのもそうだが、答え合わせをして何が間違っていたのかを考察することが勉強になるのだ。
タコも財産なり。



VOCALOIDファン、そして初音ミクファンが目指すべき高み

dankogai氏による良い記事が公開されたので、それに影響された形で敢えて書いておこうと思う。

「ニコニ考 – ニコニコ道が見えてきた」
先日のニコニコ動画(RC2)発表会と、ニコニコ動画の特徴についての概念的まとめ記事。

『ニコニコできるなら境界は曖昧で良い』
なんといってもこの言葉に尽きると思う。
ここでの線引きとは「権利者と利用者」に限らないはずなのである。ぼかしても回りくどいだけなのでざっくりいうと「敵と味方」という線引きも曖昧な方がニコニコできる。
アイツは敵だと線引きをしてしまっては争いが生じるだけで無意味に疲弊するだけである。敵も味方といった境界が曖昧なまま、自分たちは自分たちの好きなようにニコニコしていれば良いのである。そのニコニコが大きくなっていけば対岸の人も無視はできなくなるだろうし、いつかは強力な味方になっているかもしれない。いつ味方になるかわからないなら境界はぼやけていた方が良いに決まっている。

以前wat氏がクリプトンのBlogで語っていた様に、VOCALOID2のキャラクターボーカルシリーズは CV02, CV03 とリリースしたところで初めて完成となる。
「初音ミク」という突発的な流行病で終わってしまうのではなく、CV02、CV03も同じように商品として、キャラクターとして育てていく必要があるし、それを担うのは私たちユーザーの役目(と書いて愉しみと読む)なのだ。
それら三姉妹(姉弟?)が揃ったとき、VOCALOIDとバーチャルアイドルがどれくらい認知されているかが勝負である。つまり、半年以上かけてじっくりと望む、やりがいのあるプロジェクトなんだよこれは。
だから今はもっと良い作品、もっと楽しい馬鹿作品を作ることに専念していれば良いんじゃないかなあ。

なんで私が初音ミクに腐心しているのかというと、コンテンツは与えられるものではなくユーザーの手で作られていくものだという信念があるのですよ。
今はコンテンツよりもキャラクターが重要な時代で、そのキャラクターをオープンソース的にみんなの手でピンポンしながら大きくしていくことができないかと考えている次第。そして、今そこにもっとも近い存在が初音ミク(とCVシリーズ)であり、それを育てる最良の場がニコニコ動画だと思っているのです。
もっとも、そんな大それたお題目が無くても「楽しいから」「ニコニコできるから」で十分なのですよ。

少々心配しているのはクリプトンフューチャーメディアの事だったりする。
社長の立場表明で、私たちユーザーの事を第一に考えてくれており味方でいてくれることにちょっと感動した。しかし、そのためにコントラストがくっきりしてしまい黒の方も明確にしてしまったことに対して危惧せざるを得ない。
クリプトンフューチャーメディアがユーザーを守ってくれる様に、ファンもクリプトンを応援し味方になっても良いんじゃなかろうか。
取り敢えず応援の意味も込めて、ループやソフトウェア音源を2〜3個発注してみようかねえ。

今はちょっぴりどころじゃないくらい悔しいんだけれども、いつか無視していたことを後悔するくらいに大きく育ててやるんだ。



つぶやき 04/01/2002

「電撃萌王(もえおう)」なる雑誌が出版された。
雑誌表紙のあおりによれば「萌えるビジュアルマガジン」だそうだ。
よするに「萌え」と称された 2次元ギャルコンテンツの寄せ集めムックと
いったところか。2次元という言葉に抵抗のある人は「マンガ/アニメ/ゲーム」
と読み替え。ある意味日本が最も得意とするオリジナルコンテンツであり、
独創的な町人文化の粋である。
雑誌の内容的にはコミック電撃大王をベースとし、その作家とコンテンツを
利用した実験かつ意欲的な構成。見方を変えると大王本紙の貴重な財産を
食い潰している感もある。まあ、でもなんつーか、コミック電撃大王は
あくまでマンガ雑誌なのでその枠組みのなかではやりづらいことをこういった
形で分離しました、みたいなものかな。アニメディアとMEGAMIマガジンみたいな
関係で。
第一印象としては「電撃が作ったマジキュー・プレミアム」って感じですな。
マジキュー・プレミアムを知らない人のために説明すると、各界(主にギャルゲー
メーカー)のイラストレーターに 1〜4ページくらいずつ原稿を依頼してそれを
寄せ集めて作った感のある300ページものギャル絵コンテンツ。本屋で買える
エッチなしのよろず同人誌的なもの、というとイメージできるか。
マジキューもそうだけど、よくもまあこれだけの人を集めたよなあ。編集は
きっと死にまくっているいるだろう。
良く集めたなと思うとともに、世の中にはこんなにギャル絵描きがいるのかー、
とちょっと感心してみる。いや、感心するまでもなく、PC用18禁エロゲーの
発売本数とかを見てみると絵描きってのは物凄い数がいるらしいということが
見て取れるわけで。
そういった人たちを一同に会してこういった本を作れるのはある意味すごいなあ
と思うとともに、「萌え」なる要素の無駄遣いではないかとも思えるわけだ。
こうして萌えコンテンツが一般化したとしたらそれは本道なのだろうか。
オタク文化というのは基本的にはカミングアウト文化だと思う。いわゆる世間
一般から離れたところに存在しているし、なによりそれを享受しているオタク層
はそれが世間的に正しいものでないことを認識・理解している。いうなれば、
「ダメを尊ぶ文化」であり、その微妙なテイストを楽しめる所に本質がある。
例えばデ・ジ・キャラットは、秋葉原という chaos な街を舞台とし「クソオタ共」
と悪態をつく存在である。だがオタクを馬鹿にしているそのキャラクターを、
皆可愛がる。自分のことをオタクだと思っているにも関わらず、馬鹿にされたと
怒りだす者はない。すべてをわかっている上で楽しんでいるのだ。
そういったオタク文化から発生した「萌え」がちょいと先に進もうとしている。
そもそも「萌え」とはなんなのか、実は明確な定義はない。
「あなたにとって萌えとはどういう意味ですか」ということを冷静になって
アンケート取ってみるとたぶん人によって違うことを言うのではないだろうか。
「可愛いこと」「愛しいこと」「たまらないこと」「大好きなこと」場合に
よっては女の娘キャラ対象でなく単純に好き嫌いを「萌え/萎え」で表現して
いるかもしれない。(例:今日の夕飯おいしくて萌え〜)
そういった既存の定義を離れ新しい感情の定義となれば良いのだが、まだそこ
まで到達している人種は少ないようだ。
オタク文化は「ダメを尊ぶ」と先に書いたがもう一つ付け加えるならば
「お約束を尊ぶ」文化でもある。このお約束というのは過去存在した作品の
データベースを元にもっとも適合率の高いシチュエーションの事である。
有り体な言葉で言えば「ありがち」なんだか、そのお約束を楽しむ事がなぜか
オタク間では暗黙の了解となっている節がある。これ自体も「素晴らしい物から
ハズレたダメな物を楽しむ」と考える事ができなくはない。ある意味コンテンツ
の符合化であり、その共通の符合を説明なしで共有できるのがオタク仲間なので
ある。だが、そのパロディとしてのお約束符合も本流になってしまうと色褪せる。
それはもうお約束という名のパロディではなく当たり前の存在となってしまう
からだ。かつては一世を風靡した設定である「眼鏡、病弱、読書好き」という
キャラクターも露出過多で褪せてしまうととたんに人気は無くなる。「卒業」の
仲本や「ときメモ」の如月といったキャラクターの栄光は「シスプリ」の鞠絵
にはもうない。今、眼鏡っ娘というと「ちょっととろくて、でも巨乳」という
設定の符合となっている(意外性の楽しさが軸のようだ)。
で、当然「電撃萌王」も「萌え」を語るにあたってそのような「お約束文化」
を利用しているし、そうでないと萌系とは言えないわけだ。後は、萌え文化の
浪費によってそれ全体が陳腐化しないことを祈る。

ボクは音葉ちゃんが良いと思いました(ぉ



つぶやき 12/30/2001

2001年12月30日、私はビッグサイトに居た。
そう、東京コミックマーケット61、通称冬コミである。
ここしばらくなにかと余裕がなくて同人誌即売会にはとんと疎遠となって
いたので本当に久しぶりな参加である。コミケとなるとそれこそ 3年ぶり
とかじゃないだろうか。まあ、それくらい余裕が生まれつつあるという事で。

仲間のところ( http://www.lares.dti.ne.jp/~pyonkey/ )の手伝いという
事でサークル参加。ジャンルは「君が望む永遠」。
( http://www.age-soft.co.jp/Product/Kimibo/index.htm )
私ら的には順当である。
といっても私は製作を何にも手伝わなく、サークルの君望本はぴょんきー
松尾一人で作成することになった。私個人は別件で AAA/Triumphal Records
さんところ( http://www.espr.net/trh/aaaa.html )の
「Regalo – 君が望む永遠FANディスク」
( http://www.espr.net/trh/aaaa.html#kmnz_fd )
の方に 4アイテムほど提供していたりします (^^;

んでまあ、そうなると自分らのサークルのところにはぴょんきーの本が
一種類だけ置かれている状態なわけで。それはサミシーかなと思って
コピーチラシを用意して無償配布することにする。お題は「天使のしっぽ」
( http://www.wonderfarm.co.jp/shippo/ )。10月〜12月に WOWOW で放送
されていたアニメで、今一番のご執心である。
ちなみにぴょんきー松尾の方もしっぽに染めてあるので「ルルたんハァハァ」
は共通の合言葉(誇張)。
しかしこの「天使のしっぽ」知る人こそ盛り上がっているものの、一般
的にいってまったく知名度が無い模様(泣)。そんな状況でも、目に止めて
チラシを持っていってくれるお客様がおられるので、ファンは渇望している
んだろうなあとか思う。ちなみに、他サークルの成年向けしっぽコピー本は
無事ゲット(笑)。もう一冊しっぽ本(成年向け)が29日に出ていたらしいが
これはとらのあな( http://www.toranoana.co.jp/ )とかで入手できる様
なのでまあ良しとしよう。それにうちのチラシを合わせると 3サークル
ぐらいしかないのかなあ、とガックリさん。(情報求むですわ)

今回のコミケ唯一の目的(笑)とされる企業ブース、ワンダーファーム
「天使のしっぽ」セット、およびスクールカレンダーの販売。
( http://www.wonderfarm.co.jp/shippo/news/011228.htm )
企業ブースというと長蛇の列とか数時間待ちとかいう風聞があり、怖くて
近寄ったことがなかった領域。いやしかし、しっぽグッズの為ならば。
意を決して人混みに飲まれながら企業ブースへと到着、そこで見たものは!!
必死の呼び込みとそれにもかかわらずお客様が一人もいないワンダー
ファームブースの姿であった。ババーン。
あまりにも不敏なのでグッズを 2セットづつ購入。片方をぴょんきー松尾
に押し付ける。
ううう、しっぽ良い作品なのになあ。小さい子にも見せたいくらい。

そういったしっぽのマイノリティーさはチラシの配布状況にもそれなりに
現れていたりするわけで。でも、それをたまたま(君望島という場違いな
ところで)見つけて「あ、しっぽだ」と持っていてくれるお客様がいる
のはやっぱり嬉しいものです。
なんか、メイド服をきたおねーちゃんが突然足を止めてチラシ(だけ)に
向かって来て嬉々としてそれを手にしたと思ったら「私、MEGAMIマガジン
で漫画を描いている者です」とか。げふ、しんかおりさんかいな。
いや、ほんとうに嬉しそうにチラシを手にしてくれていたから、しっぽの
関連アイテムって本当になかった&うれしかったんだろうな。
ありがたいことです。(内容しょぼくて済みません)

しかしまあ、君望も思ってたより全然本が(他サークルから)出ていない
ようで。相変わらずマイノリティー&ゲリラチック(連携無し)参加な
私らなのでありましたとさ。

取り敢えず配布したチラシはふみふみキックのサイトの方で公開。
( http://www.fumi2kick.com )

# だがそれがいい



つぶやき 04/10/2001

シスタープリンセスドラママキシシングルとかいう物を買ってみる。
マキシとかいうわりには52分も入っていたりするのはいかがか。
うわ、しまった、これって「アニメ版」のプロローグだったのか。
しょぼん。
新歌も「可憐」と「花穂」という取り合わせ。いや、確かにシスプリ
を代表する妹であるけれども 12angels (イメージソング集)の中から
「これはやばいだろう」という上位 2人を抜粋したような選択にしか
思えない。聞いて、まあ、予想通り。

さて、最近の私にとってそんな事は些細なものでしかなく。

なにがあれって TLS3 (TrueLoveStory3) ですよ。ダンナ。
現時点ではまだ私の中で落ち着いていないのでレビューは避けておく。
取り合えず 2周とちょいは終えていて、大体 TLS3 について見えて
きたところなのだけれどもまだまだ言及できるレベルではないなと。

TLS1 の頃から思っていたことなのだけれども、このシリーズって
若い人(20歳未満)がプレイして面白いのだろうか?
もし面白かったとしても私ら(30歳前後)が感じる面白さとはまったく
違うのではないかと思うのである。
シリーズ全体を通してどことなくノスタルジックな世界観を持ち、
「学園生活」を過ごしている気分にさせてくれるこのタイトル。
3 となった今回はその制作側の意図がストレートに表現されている。
ある意味、露骨に表に出てきたので「むー」と思わなくもないのだが
個人的には心地好かった。
(オーラスのアレとかのことですよん)

そういった意味でこのタイトルの推奨年齢は 30歳前後であり、25歳
未満はお断り的な部分があるんではないかと思ってみたりみなかったり。
18歳未満は完全禁止で、それより学生生活を謳歌しなさいとかいう
のもあながち冗談ではなかったりしてみたり。
反ゲーム派の言葉と似たような事を書いている気がするが、まったく
正反対の立場から書いている事をご注意ください。(それ以前に冗談
まじりであるけれども)

小さい頃楽しんで見ていたアニメを、大人になった今見てみたらその
内容の重さにびっくりしてみたりとか。物語というのは受け手の立場に
よって如何様にもその姿を変えるものである。
今TLSを楽しんでいる 20歳前後の方がいたならば、是非とも 5年後
10年後にもう一度プレイをしてみて貰いたい。

そのとき見えてくる何かがあるだろうか。



つぶやき 03/25/2001

普段シスプリシスプリと騒いでいる私だが、実はゲーム版には全然興味が
なかったりしてみる。
原因は声優だ。
ラジオの 3分スポットでやっていた「妹からの手紙」(イメージソングCD
“my sweet twelve angels” にBONUS収録)をわくわくして聞いたもののそれ
に愕然としたからだ。いや、声優陣が駄目とかそういうことではない。
イメージと合わないというのも個人的勝手な思い込みに因るものだから
問題は無い。ではなにかというと、声と演技が付いたことによって妙に
「具現化」してしまった事にある。なんというか、わかりやすく言うと
シスタープリンセスというものが「ただのギャルゲーと化してしまった」
というか。それだけこのコンテンツには強烈かつ強い個性を感じていたと
いうことなんだけど。

でまあ、ゲームが発売されてもそれを買わずにいたわけで。
同じ日に発売されたPS2の「パイロットになろう2」を買ってセスナ機で
大空を飛び回っていた次第。
しかし、WEBを徘徊して各所で撃沈されている戦友達の姿を見ていると
やはり気になってくるもので。う〜ん、これはやはりネタとしてもやって
おかねばならないか?とか思うと共に周囲からの期待の声などに後押しされ
結局購入…。
イメージアルバムCDをリピートで聞きまくっていたからボイスにも慣れたと
いうのも理由だったり。

「飛行機で大空を飛び回るのは男の子の夢だけど、12人の妹に慕われるのも
男の子の夢だよね!!」

はいは〜い、あなたのにいさまはここですよ〜☆(←ノリノリやん)

で、ちょっとだけプレイ。
ぐわははは、可憐が花穂が衛が咲耶が雛子が鞠絵が白雪が鈴凛が千影が
春歌が四葉が亞里亞が〜〜〜!!!
んが、なんか奥歯にもやしが挟まったような感覚を受ける。

……
………
ああ、そうか。問題は二点。
一点は「妹達の横の繋がり」。今まで霧賀ユキさんの差し込み漫画以外に
妹達同士が会話をしている姿を見たことが無かったんだ。こいつら互いの
ことをちゃんと知っていたんだなあって感じ。
(私がなんか雑誌企画であったことを見落としているだけかもしれないが)
読者投稿企画の段階では好きな妹との対一に近かったから別段必要なくて
描かれないだけなんだけど。なんとなく横の繋がりがあると世界観が違って
みえる。初期ギャルゲーのほとんどは主人公をハブとしたスター型トポロジー
で世界が構成されていたが、歴史を重ねるにつれ人間関係を複雑にした
バス型トポロジーを多用していくようになっていった。まあ、そういった
ことだ。だから、今まで気にしていなかった他の妹との衝突というのが
(裏的に)生じていくことになる。そこがなんか違う。
そしてもう一点は「主人公の声」。
今までほとんどのコンテンツでは「妹から兄への言葉」であり、兄は読者
だから明確に声を発することはなかった。(投稿はまあ別とする)
キャラクターコレクションにおいても兄への語りで書かれているが全てが
妹の一人称だ。
で、ゲームでもって初めて読者(プレイヤー)以外の形の「兄」という存在
を持つことになる。今までは自分自身が兄だったのに、ゲームではゲームの
中の兄を自分の分身とする。よするに、ゲームの中で「わあうれしいなあ」
とかかかれていてもそれはゲーム内兄が勝手に喋っている言葉で、プレイ
ヤーの心情と必ずしも合致するもので無いのである。たぶんこのゲームに
おいてゲーム内兄の心情を理解できなければ世界を受け入れることは不可能
であると思われる。
そんな全お兄ちゃんを代表するゲーム内兄であるが、かなりふにゃふにゃな
存在ではないか?個人的にはこの主人公の独り言が面白くてしょうがないぞ。
「妹と登下校するのは大変だけど嬉しいからいいか」(うろおぼえ)
その『うれしいからいいか』というのはどこから沸いてきた感情だ?
でも大多数のプレイヤー(含む私)にとってもやっぱり嬉しかったりするので
まあ良いのである。

時間が取れていないのでまださわりしかプレイ出来ていないので以下は
ファーストインプレッション。
コンテンツとしては「シスプリらしい」内容で問題無し。
というか、これはころがりまわるでしょう :-)
それ以外の部分はかなり気になったので一応指摘。

・プレイヤーフィードバックが無い
メニューを選択決定したときなどに、そこが点滅したりSEが鳴ったりといっ
たユーザーアクションのフィードバックが一切ないのでびっくり。
選択したりしたら「ぴろん♪」とか音がするのが当然でしょ〜。
・画面エフェクトが簡素だ
PSにしてはってことなんですが、画面効果的演出がえらいシンプルだと
思う。逆を返すと余計なことをしていないので軽快な進行に繋がっているの
だが。
・BGMが貧相だ
SPUのRAM領域がほとんどボイスに食われるとはいってもこれはあんまりで
はないかという気が。
ボイスはスゴイ量をもっているけど、シーン毎に音量のばらつきがあるのは
大きく減点。音量差を聞き取れないくらいに押さえて欲しかった。

プログラム的に見ると全体的に貧弱なんですが、文書の表示とスキップが
軽快でプレイに支障をきたすことはない。このことがこのゲーム最大の
長所ではないかと。また、その長所のためにその他欠点が全て許せてしま
えているのではないかと。
まあ、最もの長所はコンテンツ自体の「すごさ」であって、システムは
全てその文章とキャラとボイスで掻き消されてしまうんですが。

あとなにげに全てのシーンに口パクが付いているあたり、このへんもすごい
と思うよ。(たぶん)

製作担当会社の「スタックソフト」ってなんか聞いたことあるんだよなあ
と思って調べたら「ら〜じPONPON」「Pure MAIL」の「オーバーフロー」で
あることを思い出し膝を打つ。(オーバーフローはブランド名)
( http://www.stacksoft.co.jp/ )
会社概要を見たら過去製作作品(PC->カンシューマ移植)も結構なものじゃ
ないですか。色々な意味でなるほどと思う。
悪い意味でPCソフト的だったり、それでいてツボは押さえていてサクサク
遊べたりというあたりにつながるのかな。



つぶやき 01/18/2001

会社の同僚にコロコロコミックを見せてもらった。今年の劇場版ドラえもんで短編のほうは
ジャイアンとジャイ子(クリスチーネ剛田)の話なのか。兄として妹の為に奔走するジャイアン
の妹想いな姿が描かれるのだそうだ。
「き、兄妹物の奔流がこんなところにまで!!」と一瞬驚愕。
そいやジャイ子は漫画家目指して一筋だったなあ、同人世界というトレンドをも巻き込むのか!?おまけに性格は兄ほど酷くはないし、見目を除けば実は大変
キャッチーになれるキャラクターなのか!?でも娘は歳を重ねると化けるからなあ、ヒロインは
静ちゃん一人という寡占状態にあって頭数を増やすことは重要なのではないか!?
しかし、友人の妹か…うおーっうおーっ、はっ今何か聞こえたか!?

といった世迷い言は置いておいて。

先日不本意ながら(?)「シスタープリンセスのどこが面白いのか説明せよ」という苦行にも似た
状況に萌まれ(めぐまれ)。この際ついでだから俺的論理をまとめておこうかというくだり。

シスタープリンセスというコンテンツを他の萌え系コンテンツと比べ観察した際、特徴的だと
思われる事象が二つある。それは「恋愛対象でない」ことと、「同人誌は女性作家が多い」
ことである。まあ、後者については最近はメジャーになったので男性同人作家も入ってきて
いるだろうがそれでもというところで。
この恋愛対象でないというのは意外に大きいはずである。女の娘が存在するという他に何も
ないコンテンツであるわけだから、その娘にどのような形で入れ込むかというのは重要な
はずである。通常のギャルゲーと呼ばれるコンテンツにおいては大体が恋仲もしくはそれに
準ずる間柄になる事が目標である場合が多い。
しかし、シスタープリンセスでは妹であることからそういった恋仲になるという要素は一切
提示されておらず、ただ純粋にキャラクターを可愛がるという要素のみが存在し、いっそう
の輪郭をもって強調されている。
そう考えると、他の男性側カタルシスがステロタイプで存在する他ゲームに比べ、女性受けも
しているというのはなんとなくわかるような気がしてくる。
つまり、可愛い物を純粋に可愛いと愛でる感覚であり、人形をいとおしむ感覚に近い。
もちろん、単に存在しているわけでなくキャラクターを持っているわけで、それがさらに
「可愛さ」を増長している要素となる。その要素が「妹」という存在であるわけだ。

ここで妹キャラと言われるものについて振りかえってみる。
「妹」という設定が暗黙の内に持っているものは意外と多い。年下、肉親、近い存在、
保護すべきもの、等々…。そのなかでもシスタープリンセスの中で最も効果的に使われている
ものは「もっと身近な存在」であるという部分と「(今現在)誰よりも自分を見つめてくれて
いる存在」という部分であろう。
特にこの「妹はおにいちゃんのことがちっちゃいときから大好きでした」という個所が、
その筋の殿方のみぞおちノックダウンタオル投げ入れドクターストップでおい担架だ担架早く
持ってこいってな感じかと。
つまり抽出すると「常にそばに居てくれて」「自分に好意を持っていて」「すりよって甘えて
くる存在で」「また甘えさせたい存在で」あるわけだ。
相思相愛になった恋人同士がこれを補完してくれる可能性もあるわけだが、そばに居るという
絶対の距離感、および打算の無さ(肉体関係とか)において妹の方が抜きん出ているわけである。
別段抜きん出ている必要もないのだが、妹キャラというのはそういった特色を色濃く抽出した
ような存在という事になる。

もちろんここでの「妹キャラ」というのはそういった理想形を濃縮したファンタジーな存在で
あり、実際の存在とは異なる可能性がある事は考慮しておいて欲しい>実在妹保有者

よーするにだ、現代人はさびしんぼさんなんだよ。
「そばにいて甘えて欲しい」とか書くと「なにそれ気持悪い」とか思うかもしれないけど、
平たい目で見るとそれは誰でも持っている欲求でありその結果そばにいるのが兄弟であり
家族であり友人であり恋人であるわけだ。
ペットを飼うのも同じようなものであろう。
で、その欲求を満たしてくれる理想系の一つとして煮詰めて結晶化したものがシスタープリ
ンセスの12人の妹達なのである。
確かに労せずしてやすらぎを得たいという姿勢は安直かもしれないけれども、その存在は
井上トロ(どこでもいっしょ)と大してかわんないのである。
後は個人的嗜好の問題であって、趣味の領域ではないかと。

そういえばドラえもんにも妹がいたなあ…。
しかもドラミは「もうお兄ちゃんたらしょうがないんだから」といった(TLSの)みさき系妹だぞ!!
おお、そんなすばらしいコンテンツが30年前から存在していたとは!!
流石は藤子不二雄F 大先生!! ビバ!!

# あまし真に受けないでください



つぶやき 01/01/2001

そんなわけでお正月。
ここのサイトのトップ絵更新もすっかり年一回と落ちぶれしまったあたり。
流石にそれくらいは更新しないとならないだろうと言うことで年末に
ふにふにと新しい絵を描いてみる。…んぐ、崩れまくっているよこの絵(泣)。
まあ、取り敢えず掲載。

元旦くらいはだらだらと過ごす。だらだらだらだら。
買うだけ買って「積ん読」状態になっていた電撃キャラクターコレクション
「シスタープリンセス」をだらだらと読んでみる。(キャラクター毎の物語が
書かれた小説みたいなもんね)

……
………
ぐはあ(悶絶)
た、たまらん。相変わらず凄い内容だ。
いや本当に少女漫画系は読みなれている私でもこのコンテンツだけは読んで
いて恥ずかしくてたまらないという>シスプリ
天広直人さんのキャラクター絵は確かに魅力的だけれども、本当にこの
シスプリの世界をガッチリと構築しているのは公野櫻子さんの文章に他なら
ない。その他雑誌企画のライターも含め本当にこのコンテンツのクリエイター
諸氏の力量には感服する。どうしてこうここまで恥ずかしいものを創れる
のであろうか。

で、くだんのキャラクターコレクション。文字がかなり大きいのだが、
それでいて見開き2ページ内にハートマークが9つも散らばっている様は
どうよ?




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