スポーツカーとプログラミング

ニュース記事をぼんよりと眺めていたら「スポーツカー」という単語が目に入ってきた。スポーティーな車という意味を考えて思考をふいに巡らせてしまう。
ここでいうスポーツとは必ずしも体を動かして技能を発揮する体操じみたものではない。モータースポーツと呼ばれるものになると、モーターサイクルを乗りこなすために機器と技能と体力を限界まで使いこなすという世界になっていくけれども、アマチュアがスポーツカーを手にする理由はちょいと違う。そこにあるのは、道具としての車や二輪との対極となる目的そのものの車や二輪なのではないだろうか。
運輸という目的のための道具ではなく、その車を操ること自体を目的として楽しむためのスポーツカー。それはプロが運輸のために使う車という道具とは別の切り口で語られることになる。
本来ならば手段である道具に惚れ込み、それそのものを目的として楽しむということをスポーティーと称しているのはなんとなく面白いと思った。

それそのものが目的、で次に連想したのがコンピュータープログラミングについてであった。
コンピューターソフトウェアは芸術品か工業品かといった問答がたまに起きたりする。まあ、そういったことについて考えるのは必要なんじゃないかとも思うのだけれども。
そういった場面において、コンピューターやプログラミングが大好きなハッカー気質な人というのはエンジニアリングそのものを目的として大好きなんだよね。一般的にいうところのオープンソースプログラマの大半はこのエリア。スポーツカーをチューンして乗ることそのものを楽しむ様に、プログラミングに没頭し楽しむことができる。
じゃあその反対にいるであろうプロ気質の人はどうかというと、たぶん違う。
路線バスの運転手さんなどは、自分が運転するバスを夜なべして徹底的にチューンしたりとかはそうそうしないんじゃないだろうか。運転することが嫌いだとやっていけないだろうけれども、バスという自動車そのものに対する要求がスポーツカーを乗り回す人とは異なるはずだ。ピーク性能より安定性を重視するだろうし、運転技術そのものよりも路線運行ダイアをきっちり守りつつ安全第一に回していくことが大事だと思う。一人ずば抜けたドラテクを持った運転手さんがいても路線全体が円滑になるわけではない、いかにみんなでスムーズに回していくかといったことがプロとしての腕のふるい方になっていく。
これって、企業システム系のプログラミング業務に近かったりはしないかな。

だから、企業がIT業界の未来を語るとかいう席にオープンソースプログラマを呼んで若者に激励を送るとかいう企画をみるとなにか歯に挟まっているような違和感を感じてしまう次第。
業務プログラマは業務プログラマとして、必要な手腕というがあってそれは仕事として誇りにしてよいものだし。ハッカーはハッカーでコンピューターにおぼれながらどこまでも技能と才能を突き詰めていけばよい。でもその違いを理解せずにひとくくりに扱うのは愚かしい事なんではないだろうか。

スポーツコンピューティングとか、スポーツエンジニアリングとか「それそのものが目的」であるデベロップメントがもうちょっとすんなり理解されても良いんじゃないかね。
休日になると愛車を飛ばしまくるバスの運転手さんとかも、それはそれで素敵だ。




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