〜 第二回東方最萌トーナメント EX戦 「永遠亭」SS 「永遠亭の休日」 私、因幡てゐは永遠亭の主人である輝夜さまに呼びつけられて、今長い廊下をとぼとぼと歩いている。 普段なら鈴仙さまが輝夜さまの用事を仰せつかって、そのうちの一部がイナバの方に回ってくる事になっている。 たまには鈴仙さまでなく永琳さま経由で仕事が来ることもあるのだけれども、あの人はちょっぴり苦手だ。そもそも何を言っているのかが良くわからない。 そんな二人だけれども、共通しているところがある。それは輝夜さまの言いつけがあったあとは大抵困ったような顔をしている事だ。 毎回毎回、輝夜さまに振り回されているのだろう。 そりゃもう毎日のように。 今日は困ったことに二人とも出かけていて不在だ。 なんでも『師弟対決』なのだそうだ。 そういえば二人が両方居ないなんてことは今まで無かったような気もする。 私に直接お声がかかったのは二人が居ないからだろう。 はぁ、いったいどんな我が侭難題をふっかけられることやら。 ひょっとしたら直接的にお小言を食らうのかもしれない。 それはそれで嫌だなあ。 ああ、気が重い。 「失礼します」 「は〜い〜」 襖の向こうからいつもの呑気な声が聞こえてくる。 その声に応じて部屋の中に入ると、輝夜さまが私の姿を捉えるため、たおやかに振りむかれる。 その気品と美しさに、さしもの私もその姿にうっかり見とれてしまうほどだ。 「待っていたのよ、早くこっちへいらっしゃいな」 そんな気品を意識する事も無く、はしたなく手招きをして私を呼び寄せる輝夜さま。その顔を見る限り、怒られたりするわけではなさそうだ。 こういうと何だが内心ほっとする。 「なにかご用でしょうか?」 輝夜さまの前に座るなり、本題を訪ねてみる。 「イナバとかるた遊びがしたいと思って」 「はぁ」 思っていたよりも簡素な返答に気抜けした声を出してしまう。 「かるたでしたら読み手が必要ですね、手隙の者を呼んできましょう」 「ああ、いいのよ、これは二人だけでやるものなの」 と、輝夜さま。 最近永琳さまがお手製の薬を納めている古物商がいるのだが、なんでもそこから買ってきた外来品らしい。 なにやら綺麗な絵がいっぱいで札を眺めているだけで楽しそうだ。 「前にもこういうので遊んだのだけれども、えーりんには強すぎて勝てないし、月のイナバは弱すぎて面白くないのよね」 ああ、それは何か納得できるものがある。 鈴仙さまも頭の悪い方じゃないんだけれども、相手を欺くといった事のできない実直な兎だ。 「で、私ですか?」 「今日は二人とも出掛けていないから、迷惑だった?」 「いえ、とんでもない」 私も相手を騙す事にかけては自信がある。 ここでぎゃふんと言わせておくのも良いかもしれない。 これは遊びなのだし、手加減の必要はいらないでしょう。 〜少女遊技手順把握中〜 「よっと、手札って何枚まで持てるんだっけ?」 「ああ、輝夜さま『あんたっぷ』の方が先です、忘れないでください」 「じゃあ、この札で攻撃ね、ええと何枚が攻撃に使えるのかしら」 「よっと『でぃふぇんす』このとき『まな』は使うんでしたっけ?」 〜少女対戦中〜 「はい『まな』支援で攻撃」 「うにゃ、反撃不可だ〜、撃沈〜」 「もう後がないかしら?」 「うう、とっておきの『くりーちゃー』だったのにー」 「はい、私の『たーん』は終了、イナバの番よ」 「もうこの引き札に賭けるしか……、ああ、召還するのに足りない!」 「あらあら、じゃあ私の番ね、はい『ぶれーく』終了ね」 「うう、また負けたー」 疲れた私は後ろに倒れて大の字になる。 主人の前ではしたない姿ではあるが、既にそういった事は関係ないくらいうち解け合っていた。 それにしても輝夜さまは強い。 あのにこやかな顔の奥にあるえげつない戦術には舌を巻く。 永琳さまが輝夜さまに仕えているというのも伊達ではなさそうだ。 そんなことを考えながらちらと輝夜さまの方を見やると、外の景色を眺めていた。 相変わらず微笑んでいるがどこか無感情な目でただぼんやりと眼前にある竹藪の風景を見つめている。 なんとなく目をそらして天井に向ける。 外からのそよ風も心地よく、私は次第にまどろんでいった。 なんだろう、この暖かさは。 もう遠い記憶の中に忘れている何か。 そうか、私寝ちゃったんだ。 じわぁっと意識が戻りつつある中、目の前のぼやけた風景がなんだろうと考える。 これは、輝夜さまのお腹? がばっと起きあがろうとするが、頭を押さえつけられて再びお腹の中に抱え込まれる。 「こーら、暴れないの。もう少しだけこうしていなさい」 頭の上で輝夜さまの声が聞こえる。輝夜さまは私に膝枕をしてくれているのだ。 「は、はひ」 半分寝ぼけていて妙な返事をしてしまった私は、真っ赤になっている顔を輝夜さまに見られまいと押しつけて隠す。 輝夜さまは私の髪と耳をやさしく撫でてくれている。 ちょっぴりくすぐったい。 「輝夜さま?」 「なあに」 「どうしてこんなこと」 「なんだか気持ちよさそうに寝ているんですもの。普段のお仕事そんなにきつかった?」 「あ、いえ、そんなことはないですけれども」 「そう」 外からの風が二人をやわらかく撫でていく。 「聞きたいのはそういうことではなくて」 「ん?」 「私は今日、何のために輝夜さまに呼び出されたのでしょうか」 輝夜さまは、んーっと考える仕草をした後に 「どうしても答えなきゃ駄目?」 と拗ねたような口調で言った。 それに対して私は無言で答える。 「一人でいたら寂しくなっちゃって」 輝夜さまは飄々とした調子で続ける。 「それで、家族の誰かに居て欲しくて」 「家族?」 思わず聞き返してしまったが、我ながら間抜けな問いだと思う。 「あら、貴女は『永遠亭のイナバ』じゃなくて?」 ちょいと意地悪な口調。 ええ、わかってますわかってますとも。でも突然そんなことを言われたら本当なのだろうかと思っちゃう物なのですよ、輝夜さま。 「私は……」 顔を見られないようにぎゅっとお腹にしがみつく。 「私は、ここに居ても良いのですよね」 返答までの時間がとても長く感じた。 「地上のイナバは妙なことを言う物ね、既に居るじゃない、ここに」 答えを聞くまでもない。 優しく耳を撫でてくれている輝夜さまのぬくもりがすべてを伝えてくれているのだから。 その夜、私は輝夜さまの床に同衾することになった。 輝夜さま曰く、 「今夜は冷えそうだから湯たんぽ代わりになって頂戴」 とのことだ。 その言葉も照れ隠しではなく、半分くらいは本気なんではないかと思うのだけれども。 寝ている時の輝夜さまは抱きつき癖があるらしく、時折息苦しさで目が覚めるという羽目になった。 でもまあ、こんな煩わしさも悪くはないかしらんとぼんやりしながら私は輝夜さまの腕の中で再び眠りに落ちていく。 おそらく、こんな毎日がこれからも繰り返されていくのであろう。 長生きするのも悪い物じゃないわね。 [おしまい]